奇妙な1週間(7)

創作の怖い話 File.262



投稿者 でび一星人 様





「・・・ねえ。デビロさん・・・一体いつまで待たせるの?」

怪談の部屋に集められ、テーブルを囲むように座る男女七人。

その中の【下山 静香】が不機嫌そうにデビロに言った。

「いやぁ・・・すいませんね。

ここ四日ほど、モニターの調子が悪くて、すいませんでした。」

デビロはそう言ってペコリと頭を下げた。

「謝って済む問題なの?

毎晩話すって言ってたでしょ?

アンタ、この会を仕切ってるのよね?

何か責任取りなさいよ!」

下山は尚も食ってかかった。

「・・・スイマセン・・・。」

デビロは返す言葉が無く、ただただ謝ってばかりのようだ。

 そんなデビロを見て、男子高校生二人組も便乗して調子に乗り出す。

「オイオイ〜間悪ィなぁ〜この世話役は。」

「テンポ考えろよ!このデビ野朗!」

「・・・。」

デビロはただ黙って耐えていた。

非はこちらにある。

今はただ、黙って堪えるしかなかった。


「・・・本当に皆さん、申し訳ございませんでした・・・。

それでは、今宵のお話に入らせていただきたいと思います・・・。

今回21票をゲットされた樽田出不夫さん。

お話お願いします。」


「・・あ、はい・・・。」

出不夫が話し始めようとしたその時だった。


「ちょっと待ちなさいよ!」

下山がテーブルをバン!と叩いて立ち上がった。

「デビロさん?アンタ、これだけ私たちを待たせといて、その程度の謝罪で済ませるつもり?

・・・それにね、モニターに映る無数の顔を見て見なさいよ。

待たされてウンザリって顔してる人がいっぱい居るわ。」

たしかにそうだった。

水曜の夜に予定された話がここまでズレ込み、待っている人のストレスはけっこうなものだった。


 「・・・ですから、本当にスイマセンでした・・・。」

デビロはただひたすら謝るばかり。

「オイオイオイオイオイ、土下座しろよ!おっさん!」

「そうだそうだ!」

男子高校生二人もまた便乗する。

『やーいやーい』 


   『ヤーイヤーイ!』

 『ヤーイ!』


デビロの頭の中でその声が何重にも木霊していた。

「・・・ちょっと、時間ください・・・。」

デビロはそうポツリと言い残し、部屋を後にした。

「・・え?ちょ・・・ま・・・。」

男子高校生二人は表紙抜けしたようにそんなデビロの後姿を眺めていた。



 デビロは通路を抜け、通用口に陣取る守衛さんに声をかける。

「・・・ちょっと、外出してきます・・・。」

「え、え?今、【怪談の会】の最中じゃぁ?」

「・・・スイマセン、ちょっとだけ頭を冷やしたいんです・・・。」

この通用口で長年守衛をやっているおじさんは、元気のないデビロの声で何かを察した。

「・・そうか。デビちゃん、ゆっくりしておいで。」

「・・・ありがとうございます・・・。」

デビロは通用口の扉を開き、外へと出て行った。

(・・・無理はするなよ・・・デビちゃん・・・。)

守衛のおじさんは、忘年会でデビロと一緒に撮った写真を眺めながらそう思った。






 「ヒック・・・。あのバカヤロウ・・・。」

1時間後、

デビロは屋台のおでん屋に居た。

「デビちゃん、もうそのへんにしときなよ。」

おでん屋のマスターは心配そうに言う。

「放っといてくれよ!マスター! マスターにおれの何がわかるっていうんだよ!・・・ヒック。」

「デビちゃん・・・。」

おでん屋のマスターは悲しそうにそう呟いた。

デビロは何も悪くないマスターに当たってしまった事を悪く思っていた。

しかし自分の感情がおさえきれない。

うつむきながら、デビロは泡盛をグビグビやっていた。



コトリ・・・

と、デビロの目の前におでんの乗ったお皿が置かれた。

「・・・これは?マスター、おれ、何も頼んでないぞ?」

「はは。デビちゃん、それはサービスだ。食べな。」

マスターはデビロに優しく微笑んだ。

「マスター・・・ありがとう・・・。」

デビロは少し照れくさく、マスターの顔を見ずにお礼を言った。

そしてそのおでんを食べようと、箸を手にした時だった。

「こ・・・これは・・・。」

デビロはそのおでんを見て腕が止まった。

「はは。デビちゃん。【初心、忘るべからず】だよ。」

マスターがデビロに出したおでんは厚揚げだった。

「マスター・・・。」



−デビロがこのおでん屋に初めてやってきた時、

まだデビロは【天国の住人】になって2年目の時だった。

デビロは何の仕事をしても長く続かず、半ばヤケになった時にこのおでん屋に入った。

そして【1000天国円】を1枚差出し、

「マスター、これで飲めるだけの酒をくれ。」

と言った。

マスターは黙ってその【1000天国円】を受け取り、デビロに焼酎と厚揚げを出した。

「・・・ん?マスター、おれはおでんなんで頼んでねえよ!酒だけで良いんだよ!酒だけで!」

デビロはマスターにつっかかった。

「はは。それはサービスだ。食べな。 うちのおでんはおいしいよ。」

マスターはデビロにそう言ってやさしく微笑んだ。

厚揚げを一口かじり、デビロは涙が止まらなかった。

マスターのやさしさが心に染みたのだ。

「・・・ん?どうしたんだい兄ちゃん?」

マスターはその後、デビロの悩みを「うんうん」頷きながら、ただひたすら話を聞いてくれた。

そして最後に、デビロから受け取った【1000天国円】をそっと手渡し、

「このお金は、今は受け取れないよ。出世払いで・・・な。

何かあったらウチに食べにきたらいい。

がんばれよ!」

と言ってデビロの肩をポンっと叩いた。



 ・・・デビロは今マスターが出してくれたおでんを見つめ、

そんな昔の事を思い出した。

あれから15年。

デビロはがんばった。

がんばって、天国政府に勤めるほどになった。

しかし、一般天国住人から見たらA級就職の天国政府の中でも、

まだまだデビロはペーペーの下っ端。


 上からは毎日無理難題を押し付けられ、

今回のように【下】からも舐められる。

デビロのストレスは限界だった。

 しかし、今がんばって【天国円】を稼がないと、

次に生まれ変わった時に良い人生を送る事ができない。

生まれ変わる時に、天国役所に多額の天国円を支払わなければ、

転生した時、良くてホームレスにしかなれないのだ。

だからデビロは他より時給の高い天国政府で我慢しながら働いていた。

「デビちゃん、まさか辞めようなんて考えてないかい?」

マスターがそう聞くと、デビロはうつむいた。

図星だったのだ。

「・・・デビちゃん、我慢しすぎるのは良くないけどさ、

がんばる事も大事だよ。

【もう限界】と思ったところが、実は中間地点だったりするんだ。

困ったら、ウチにきて愚痴を言えば良い。

とにかく、1度逃げたら、

逃げ続けなきゃならなくなるかもしれないよ。」


「マスター・・・。」

デビロはマスターの言葉を聞いて立ち上がった。


「・・・おれ、戻るよ・・・ありがとうマスター。ごちそうさま。」

デビロは2000天国円を置いて店を後にした。

「デビちゃん!がんばんなよ! またおいでよ!」

マスターはそんなデビロの後姿を見つめ、

(自分もあんな時があったな・・・。)

と思った。





 「守衛さん、ただいま帰りました!」

通用口の入り口のドアを勢いよく開け、デビロは元気いっぱいにそう言った。

「おぉ・・・おかえりデビちゃん。元気出たようだね・・・ さ、はやく戻りな。皆待ってるよ。」


デビロはゆっくり頷き、部屋に戻る。



「あ、デビロさん。」

「あ、戻ってきた。」


雪村桜と、吉田里美がデビロの顔を見て言った。

「・・・どうも、すいませんでした。お待たせして・・・。」

デビロがそう謝罪した時、

「デビロさん・・・。」

下山、狩羽、じろ吉が三人並んで立っていた。

「デビロさん・・・なんていうか、さっきはゴメンよ。

言い過ぎたよ。・・・アンタが悪いワケじゃぁないもんな。」

「・・・ゴメンな。ちょっとウサばらしをしたかったんだよ・・・。」

「フン・・・一応、言いすぎた事は謝っておくわ・・・。」


デビロはそんな三人の謝罪の言葉を聞き、【逃げずに戻ってきて良かった】と思った。


世の中、逃げ出したい事はたくさんあるだろう。

でも、時には勇気を持ってそこに飛び込む事も必要なのだ。

デビロはそう心に刻み、皆に声をかける。

「さあ!お前ら!授ぎょ・・・怪談の会、はじめるよ!

ファイト〜 オウ!」

「デビロさん!」

雪村桜が手を上げた。

「はい、桜ちゃんどうぞ。」

「デビロさん、アナタがいろいろやってる間に、今回文字数がいっぱいになっちゃったようですが・・・。」

「・・あ、ホンマや・・・。」



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