自動車教習所(2)

創作の怖い話 File.216



投稿者 でび一星人 様





翌日、丁度その日の朝の教習が、例の気が弱そうな教官だったので、

N衣ちゃんは夢に出てくる、人形を持った女の子の事を聞いてみました。

 教官は例により、最初はトボけていましたが、

その瞬間に路上で車がエンストし、

ウインカーやライトや室内灯が一斉に点滅するといった不可解な出来事が起こりました。

「ヒィィ!ごめんなさい!ごめんなさい!」

教官は頭をかかえ、突然謝り出しました。



教官が謝ったとたんにライトの点滅は消え、N衣ちゃんは何もしていないのにエンジンは勝手にかかったそうです。

とりあえずコンビニの駐車場に車を止め、教官はN衣ちゃんに震えながら、思い当たる事を話してくれたそうです。



まず、1番奥の部屋が【アス〇スト問題があった】というのは嘘で、

 昔、この教習所があった場所はあるお金持ちの屋敷だったそうです。

しかし、屋敷の持ち主はある時事業の失敗から家を手放す事となってしまいました。

・・・その事がショックだったのでしょう・・・。

持ち主はピストル自殺をしたそうです。

・・・妻や、娘を道連れに・・・。

その後、屋敷は取り壊され、今の教習所が作られたそうなのです。

しかし、女子寮として使用している場所だけは、

当時の建物がそのまま利用できそうなくらいキレイだった為、壊さずに残したそうです。

「わ・・・わしが知ってるのはそこまでじゃ・・・。

N衣ちゃんには悪いけど・・・あの寮に入って、

【波長】の合う子は、過去何人か体調不良になって寮を出て行く事があった・・・。

きっと、N衣ちゃんも波長が合うんやと思う・・・ほなけん、無理せずに、諦めて大阪帰ったほうがエエと思う・・・。」


教官は半泣きになり、N衣ちゃんにそう言いました。

N衣ちゃんは教官の胸倉を掴みます。

「アホか!この合宿の為に、ウチがナンボ払ったと思っとんねん!絶対帰らんぞ!」

それはそうでしょう。

N衣ちゃんは、今回の合宿の為に、なけなしの20万いくらを支払っているのです。


その日の晩、N衣ちゃんは教官に無理を言ってバットを借りました。

そしてそれを片手に握り、眠りに就きました。

夢の中に出てくる女の子は、もうN衣ちゃんの目の前まで迫っていました。

影のように暗く見える顔でしたが、その日は口元だけ、見る事が出来たそうです。

女の子の口元は、怒っているような、悲しんでいるような、

そんな形に見えました。


(バットでボコボコにしてやろう)と思っていたN衣ちゃんは、

なんだか可哀想な気持ちになり、何も出来なかったそうです。

目が覚めると、外は雨でした。

時刻は夜中の三時。


N衣ちゃんは喉が渇いていたのでムクっと起き上がります。

・・・目の前に、なにやら気配を感じました。

目をこすり、じっと前を見ると、そこには夢に出てきていた女の子が立っていました。


言葉が出ませんでした。

軽い金縛りに遭っていたのかもしれません。


女の子はシクシクと泣いていました。

手には、夢にも出てきたあの人形。


顔を見ると、右目の横あたりに、ポッカリと穴が空いていて、そこから血がドクドクと流れ出ていました。

血は頬を伝い、下に【ポタポタ】としたたり落ちていたそうです。



女の子はN衣ちゃんから見て右をじっと数秒間じっと見つめ、そしてスーっと消えていきました。

N衣ちゃんは次の瞬間、手に持ったバットを握ったまま立ち上がっていました。


そして部屋を出て、女の子が見ていた方角に向かいます。


真っ暗な、真夜中の廊下をN衣ちゃんは進みます。


・・・突き当たった先は、N衣ちゃんが二番目に使っていたあの部屋の隣・・・そう、

あの、1部屋ありそうなのに壁になっている場所でした。


N衣ちゃんは握っていたバットでその壁を殴りつけました。


何度も何度も、殴りつけました。


壁のコンクリが、少しづつ砕けて行きます。

N衣ちゃんの握る金属バットも、少しづつ曲がって行きます。

ゴンッ


ガスッ



ガンッ



真夜中の寮に、壁を砕く音が鳴り響きます。


ゴンッ


ガボッ!!



とうとう壁に穴が開いた時でした。





パッ!

突然、廊下の電気が点きました。



「コラッ!そこで何してる!」


N衣ちゃんの元へ、走ってくる人が居ます。



それは、あの教官でした。


教官は今日【当直】で、寮のすぐ離れにある小屋で寝ていたのです。


「ハァ・・ハァ・・。」

ほぼ放心状態のN衣ちゃんから教官はバットを奪い取りました。

N衣ちゃんはこの時、自分が何をやったのかはハッキリと覚えていたそうですが、

なぜこんな事をしたのかは意味がわからなかったそうです。



教官はボロボロに曲がってしまったバットを見た後、

「・・・こんなにバットをボロボロにして・・・

いくら温厚なワシも、いいかげん怒るよ、N衣ちゃん・・・。」

と、N衣ちゃんに言った時でした。





ゴトッ・・・。


砕けた壁の中から、ボロボロに朽ち果てた人形が零れ落ちるように出てきました。


N衣ちゃんと教官は二人でその人形を見ます。


N衣ちゃんはなぜか、その人形を見ていると涙が止まらなかったそうです。


そして涙ながらに、教官に夢の話をしました。


教官はバットをこんなにボロボロにされて怒っていた感じでしたが、N衣ちゃんの話を聞くと、


「・・・そうじゃったか・・・。」

と言い、なぜか納得した様子だったそうです。

翌日―


N衣ちゃんと教官は昼から暇だった為、その人形を持って近くのお寺に行きました。

そして住職さんに今まであった事を全て話し、人形を供養してもらったそうです。


その日から、N衣ちゃんの体調も良くなり、教習中のトラブルも無くなり、

夜中に聞える【ポタポタ】と水のしたたるような音もしなくなったという事でした。


あの壁はというと、翌日教官が上手い事言ってくれて、N衣ちゃんは咎め無しで済んだそうです。






 それから数日後、

順調に合格を重ねたN衣ちゃんは最後の試験も終了し、無事、家に帰れる事になりました。


「教官・・・色々あったけど、ありがとうな。・・・それと・・・あのバット、ゴメン・・・。」

N衣ちゃんは、最初から色々と世話?になった、気の弱そうな教官にお礼と謝罪をしました。

教官は少し寂しそうな顔をして、

「・・・いや・・・気にせんでもエエよ・・・。

実は・・・ワシ・・・高校時代、甲子園に出た事があるんよ・・・。

その時の・・・思い出のバットやってんけどな・・・。

血と汗の染み込んだ・・・。

だけど、N衣ちゃんがあのバットを壊してくれたおかげで、

【過去の栄光に縛られてはいけない】って事を、再認識できたよ。」

と言って笑いました。


その笑顔は清々しく、それでいて少し寂しそうに見えたそうです。



→自動車教習所(3)



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