花火大会(1)

創作の怖い話 File.212



投稿者 でび一星人 様





「人・・・いっぱいだね・・・。」


沙織が言った。



おれの名は裕史。


今日は、妻の沙織と一緒に、花火大会を見に来ている。



・・・しかし、凄い人だ。


正直、今年で70歳になる老体には、この人ごみは堪える・・・。


「・・・あ、裕史、あそこ空いてるよ。座ろう。」


沙織はそう言って、ちょうど二人分ほどスペースが空いている芝生を指差す。


「あ、本当だ。沙織、グッジョブ。」


おれは沙織の少し後ろを歩き、空いている芝生に向かった。


・・・そしてもうすぐ辿り着くという時。




「よっこらしょっと。」


見知らぬ若者カップル二人が、そのスペースに腰掛けた。




「ふぅ〜〜ちょうど二人分空いててよかったな〜。これでゆっくり花火が見れるな。

ってうかビーハーが。」


「ふふ。

そうね。ユウマ。

今日はゆっくりと花火を見て、その後は家に帰って花火のように燃えましょう!」


「オイオイ!ナナコ。

そんな事、こんな所で言うなよ〜〜〜。

おれの花火が、大爆発を起こしちゃうぜ〜〜〜。」



二人の若者カップルは、金髪にサングラス姿。


そしてこの目の前の老夫婦にまったく気づかないのか、

ヘラヘラと楽しそうに座っている。







「・・・裕史・・・。

仕方ないわね。


今日は立って見よう。」


沙織は苦笑いをしてそう言った。


おれもコクリと頷いた。


・・・おれが若い頃といったら、

こんなふうにお年寄りが立っていたら、進んで席を譲ったものだ。

・・・なんだか、この国も冷たくなったものだな・・・。


おれはそんな事を考えながら、沙織と花火が見えやすそうなところに行こうとした。



・・・その時だった。



「あ・・・あのう!ちょっと、そこのじいさんばあさん!」



後ろから、さっきの金髪若者カップルの男の方が声をかけてきた。


「・・・はい?」

おれは振り向いて返事をする。

「・・・あ、おじいさん。

すいません、気付かなくて。

どうぞ、ここ、座って下さい。」


若者は、首を前に出すように頭を下げ、おれと沙織に席を譲ろうとしている。



「・・・あなたたち、座らなくて良いの?」

沙織が金髪の男に聞く。


金髪の男は、少し照れくさそうに、


「あぁ。

良いッスよ。

立つのは仕事で慣れてますし。

っていうかすいませんッス。

さっき、ここに座ろうとしてたんスよね?

気づかずに座っちまって。

申し訳ねぇッス。


寂しそうに立ち去るおじいさんとおばあさんの姿が目に入ったんで、

『あ、オレたちKYった!』って気づいた始末なんで。

まじパ無ぇッス!」



おれと沙織は若者達に頭を下げ、場所を譲ってもらった。


サングラスから透けて見える目は、とても優しい感じだった。


見た目や言葉遣いには抵抗があるが、根はとても良い子たちなんだなと思った。


そして、『最近の若者は〜・・・』なんて少しでも思ってしまった自分が、少し恥ずかしかった。







時刻は、夕方の6時55分。


花火は夕方7時から開始。



辺りの人垣は更に増えてきた。


周りの人はカキ氷やヤキソバ片手に、まだかまだかと空を眺めている。


この、なんともいえない【花火が打ち上がる前の雰囲気】がおれは大好きだ。


隣に座る沙織も、空をじっと見つめている。

「ふぅ・・・少し、暑いわね。

・・・周りにこれだけの人が居たら。」


沙織はハンカチで汗を拭っている。


・・・たしかに暑い。

そして喉が渇いた。



「沙織、何か飲み物でも買ってくるよ。

お前は何が良い?」


おれは立ち上がり、沙織に聞いた。


「コーヒー。」


沙織はそれだけ答えた。


やれやれ。

沙織は本当にコーヒーが好きだ。


・・・おれはコーヒーが飲めないんだけどね。



テクテクと歩き、俺は屋台から少し離れた自動販売機にやってきた。

屋台でジュースを買うとバカ高いからだ。

自販機なら66%くらいの価格で買う事ができるからね。



おれはコーヒーとラムネを買った。

自販機の取り出し口から、コーヒーの小さい缶と、ラムネの大きな缶を取り出す。


そういえば、いつの間にか、このラムネも、缶のものや、ペットボトルの物が主流となってしまった。

・・・おれの若い頃は、全部ビンだった。


あの、ラムネに入っているビー玉を取り出すのがなんともいえない楽しみだった。


ラムネの入っている缶を見ていると、なんだか少し寂しい気分になった。

二つの缶を手に、沙織が待っている芝生へと向かう。


・・・少し離れた自販機まで買いに来たから、時間がかかってしまった。


沙織、怒ってなければ良いが・・・。



おれは少し早足で歩く。



・・・その途中だった。




ガサガサッ。



草むらから、、なにやら音が聞えてきた。



パッと音のする方を見る。





ガサッ。




草むらの上から、女の子がひょっこり顔を出してこちらを見つめていた。



真っ白な顔で、おかっぱ頭。







カサッ




女の子は、5秒ほどおれを見て、そして草むらの中にまた消えた。




(・・・何だ・・・?あの女の子・・・。)




おれは、その女の子が気になったが、沙織をあまり待たせて、口を利いてもらえなくなったら後が大変なので、

沙織の元へと向かった。



・・・だが、なんとなくあの女の子に見覚えがある・・・。



過去に、あの女の子を見た事があっただろうか?


・・・いつ・・・?





おれは沙織の元に歩きながら、ずっと考えた。



・・・ずっとずっと考えていると、少年時代に行った花火大会の記憶が蘇ってきた。




・・・花火大会・・・女の子・・・。



この二つが、頭の中を巡る。



記憶がじょじょに蘇る・・・。

花火大会の女の子・・・。



うっすらと、おれは思い出す。




そう・・・



あれは・・・60年以上前・・・



おれがまだ、小学三年生の時・・・。








 小学二年の時、父さんが亡くなった。


まだ子供だったおれは、それからしばらく塞ぎこんだようになってしまった。


友達も作らず、

学校では浮いた存在になっていた。


・・・そんなおれを心配してか、

小学三年の夏休み、母さんはおれを、大阪の花火大会に連れて行ってくれた。

・・・でも正直、あまり乗り気では無かった。


できる事なら、家でじっと過ごしていたかったからだ。

本当に、内向的な子供だったと思う。








花火大会の会場に着き、物凄い人ごみの中、母さんと一緒に立って花火を見る。


周りは大きな大人ばかり。


その人たちから発せられる熱気と空気で、おれは気分が悪くなった。




(早く帰りたい・・・。)



そんな思いで、おれはじっと母さんの手を握って空を見上げる。




「さ。裕史、そろそろよ。」


母さんが腕時計を見ながらおれに言う。


おれは薄暗くなった空を見上げる。











ヒューーーーーーー・・・












    ドンッ!!!














綺麗だった。



生まれて初めて見る大きな花火は、おれの心に深く印象付けられた。


大きくて、



格好よくて、



夜空に広がっていく光は、


なんだか、父さんが居ないおれを励ましてくれているような気がした。



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