疫病神様(4)

創作の怖い話 File.208



投稿者 でび一星人 様





▲6六歩・・・△8四歩・・・。



お互いまずは普通の出だして序盤の駒組みが進む。



・・・狩羽君は、なんだかずっと嬉しそうな顔をしている・・・。


僕はそんな狩羽君が気になり、チラチラと顔を見ていると、


「・・・あ、すいません・・・僕、ニヤけちゃってますね・・・。」


と言って狩羽君は頭を掻いた。



「・・・。」


なんだか少しイラっとした。



パチリ。


▲4六歩。


仕掛けを誘発した手だ。


乗ってくるか・・・?狩羽君は・・・。




案の定、狩羽君はここで長考に入った。



僕も盤を睨みつけ、仕掛けられた時の変化を読む。



「・・・八木・・・鎌司さん・・・。」


「・・・ん・・・。」


突然、狩羽君が話しかけてきた。


「フフ。すいません。 ニヤけちゃったりして、怒らせてしまいましたかね・・・。


鎌司さんと対局できてる今が、とても嬉しかったもので・・・。」


・・・嬉しかった?


何を言ってるんだ・・・この男は・・・。


「・・・。」


僕は返事をせず、盤に目をやる。



「・・・鎌司さん・・・怒らないで下さい・・・


僕、本当に嬉しいだけなんです・・・。


僕にとって、鎌司さんはずっと憧れの存在だったので・・・。」



・・・憧れ・・・?



僕は依然として盤を睨みつけ、膨大な変化を読む。


「・・・鎌司さん・・・。

僕は・・・ね、

鎌司さんと同い年なんですよ・・・。

ずっと、奨励会の級位で頑張っていました。

才能が無かったんでしょうね・・ハハ。」


パチリ。


狩羽君はそこまで話すと、やはり読み通り△7五歩と仕掛けてきた。

▲7五同歩。

僕はまず定跡通りに仕掛けに応じる。


△6四銀。


狩羽君の攻めの銀が、盤面中央の戦場に繰り出される・・・。



「鎌司さん・・・。

こんな事言うのはおかしいんですが、

僕にとって、鎌司さんはずっと憧れでした・・・。

・・・だってそうでしょう?


自分と同い歳の人間が、

小学生で既に三段リーグに入り、

しかも甲子園まであと一歩というところまで行き、

新聞でも話題になるスター・・・。


僕は、ずっと鎌司さんの背中を追いかけていたのかもしれない・・・。」



パチリ。


▲7四歩。


△7五銀。


▲6五歩。



僕は角交換を挑む。


△7七角成


▲同銀


△2ニ角打。


狩羽君は自陣角を放つ。


いずれも定跡通り・・・。




狩羽君は自陣角を放つと、また話し始める。


「・・・僕が高校を卒業した頃、


ようやく奨励会の初段に到達しました・・・。


その頃鎌司さんは、野球に打ち込みすぎたブランクで、


勝ち星に恵まれなくなっていましたね・・・。


その時に思いましたよ・・・。


『あ・・・なんだか、少しだけど、鎌司さんの姿が見えて来たかもしれない・・・。』って。」




「・・・。」


僕は長考に入る。

狩羽君はそんな僕に尚も話し続ける。


「・・・そして鎌司さん・・・。

僕はとうとうあなたに追いついたんです・・・。

24歳。

ここまで少し時間がかかってしまったけど、


才能の無い者でも、努力すれば天才に追いつけるんだなと実感しています。」



・・・狩羽健治・・・。



一体何が言いたいんだろう・・・。




パチリ


パチッ


パチッ・・・。




 その後、一進一退の中盤戦が続いた。



・・・この狩羽という青年・・・。


ここまで指して気づいたが、1手1手に何か味があるなと感じた。


玉を固める将棋が全盛の今、

振り飛車相手に、急戦・・・しかも後手番でだ・・・。


そして渋い指し回しで、僕の狙いを丁寧に一つ一つ消していく。


「フフ・・・。

鎌司さん。

僕の将棋、

なかなかレトロな指し方って思っていませんか?


これは師匠の影響なんです。


師匠である霧山先生に教わった将棋を、僕は忠実に指し続けているのですよ・・・。」


【霧山 清澄八段】・・・

【いぶし銀】と呼ばれる大棋士だ・・・。



パチリ。


△4四馬。


狩羽君は馬を自陣に引き付けた。

「フフ・・・


これで鎌司さん・・・。


アナタは攻めるしか無くなった。


なぜならこのまま局面が収まれば、


序々に差は広がり、


鎌司さんの勝てない将棋になっちゃいますからね・・・。」



・・・図星だ・・・。


狩羽君の渋い指し回しで、苦しくは無いが、このままいくと苦しくなるなんとも言えない不思議な局面になってしまった・・・。


攻めが決まれば良いが、もし失敗したら・・・そこで将棋は終わり・・・。


持ち時間は、狩羽君が残り32分。

僕は既に20分を切っていた・・・。




 僕はこの局面で15分を費やした。

ここで失敗すると、取り返しが付かなくなる。




そして指した手は▲6ニ歩。


ここに『と金』を作れれば、攻めを繋げる事が出来るだろう。


この歩を△同馬と取れば、▲5五角打ちから馬を消せる。


▲6ニ歩は勝負手だ。





「フフ・・・


鎌司さん・・・

その6ニ歩で・・・あなたの負けだ・・・。」




・・・え・・・。



今・・・



今狩羽君は何と言った・・・?

パチリ・・・。




△6六香




ろ・・ろくろくきょう・・・。



こんな手が・・・。



僕の銀は死に、


直後の△4八銀〜△3九角が受け辛い・・・。










 その後、



僕はしばらく粘ったが、



この劣勢で大事な終盤を、ほぼ1分将棋では、ミスをしない方が不思議なくらいで・・・














「・・負けました・・・。」


「ありがとうございました。」






 大事な1戦を、


僕は落としてしまった。












  残る対局は、



あと2局・・・。





 対局までは、あと二週間以上はあるのだが・・・。



 あと1つ勝たなければ降級というのは、


とても精神的に重い・・・。




 僕は肩を落として帰路につく。




 そして駅の改札をくぐろうとした時だった。



「鎌司さぁ〜〜〜ん!」


後ろから声がした。


振り向くと、狩羽君だった。


「はぁはぁ・・・鎌司さん、今日は本当にありがとうございました。」



「・・・。」



なんだろう・・・。


狩羽君は、勝ったので嫌味を言いに来たのだろうか・・・。



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