疫病神様(3)

創作の怖い話 File.207



投稿者 でび一星人 様





ビュンッ!



バシィ!





 優真君が強いボールを投げたので、僕は少しびっくりした。


「・・・きゅ・・・急に危ないじゃないか・・・。」



「八木さん・・・オレ・・・八木さんを見損ないましたよ。

八木さんなら、オレ・・・応援してくれると思って・・・。

あの日オレを野球部に誘ってくれたのも八木さんだったし・・・

何より、八木さん自身が、夢に向かってがんばってるから、

共に応援しあえるかなって思ったのに・・・


残念です!


もう、オレ帰ります。


二度と八木さんとは話しません!」



優真君は置いてあるカバンを抱え、足早に歩いていった。


「・・・ちょ・・ちょっと優真君、ボール・・・。」


「要りません!捨てるなりしてくれたら良いっスよ!」


優真君は公園から出て行った。



「・・・優真君・・・あんなに怒る事ないのに・・・。」


僕はボールをグローブに挟め、岐路についた。

「おかえり〜鎌司! 姉ちゃんクッキー焼いたんや。 優真と一緒に食おうや!」

家に着くと、姉ちゃんが元気にエプロンを振り回しながら近づいてきた。

「・・・帰っちゃったんだ・・・優真君・・・。」


「ええ!な、なんでや!?」


「・・・何か・・・怒っちゃったみたい・・・。」


「怒った? 何や? なんか怒らすような事言うたんかいな?」


「・・・うん・・・まぁ・・・ なんか、優真君、プロ野球選手目指すような事言ってたからさ、

難しいよって言ったら怒っちゃったんだ・・・。」


「はぁ〜〜〜〜・・・。 また鎌司の事やから、冷たく言い放ったんとちゃうんか?」

「・・・ん・・・そうかもしれない・・・。」

「・・・ま、済んだ事はしゃぁない。 クッキー食えや。」

「・・・うん・・・。」



僕は姉ちゃんの作ったクッキーを食べた。

30個。



姉ちゃんは206個食べてた。


あんなに食べるのにまったく太らない姉ちゃんが不思議だ・・・。






その後、


夕方になり、僕は師匠の家に行った。


師匠とは、プロ棋士の那覇村先生だ。




「おっしゃ。鎌司来たか。

さっそく指すか。」



師匠はいつも僕と稽古将棋を指してくれる。


・・・もちろん、師匠に対局等の予定が無い日に限るのだが・・・。


 普通、将棋の師匠と弟子が将棋を指すのは入門の際に実力を見る時くらいで、

ほとんど指す事は無いらしい。

でも、師匠は「指してなんぼや!」と言って、

弟子入りしてから今まで、何千局指してくれたか数え切れないくらいだ・・・。



「・・・ふむ・・・鎌司よ・・・。

お前の将棋はどう見てもプロの五〜六段の力はあるのに、

なんで三段リーグを抜けれんのやろうな・・・。」


「・・・わかりません・・・。」

僕は三段リーグでかれこれ12年も足踏みしている。

奨励会は6級から三段まであって、


規定の連勝や〇勝○敗という条件をクリアすれば、昇級していける。

そして三段になると、三段者全てが同一リーグで順位を争う【三段リーグ】が行われる。


その三段リーグは年二回行われ、

その中の上位二名だけが四段に昇段する事が出来る。


四段になれば晴れてプロ棋士となり、給料や対局料をゲットする事が出来るのだ。



僕は小学六年でこの三段リーグまで上り詰めた。


そして中学〜高校と野球に熱中するあまり、対局成績はガタオチになった。


卒業後も、周りに研究されたせいか、

なかなか勝たせてもらえなくなり、勝ったり負けたりを繰り返している。


・・・しかも今期は特に勝ち星に恵まれておらず、、

現在まだ3勝。


三段リーグでは、リーグ終了時で4勝以下の者は降段点が付き、

連続二回の降段点が付けば二段に降段となる厳しいルールがある。


実は前期、僕は2勝しかあげられない散々な内容だった・・・。

今回降段点が付けば二段に落ちる・・・。


正直少し焦っている。





「・・・よしっ。ワシの負けや!


強うなったのう鎌司。」


「・・ありがとうございました・・・。」


「うむ。

明日の対局、がんばってこいよ!

お前ももう24歳。

今期は昇段は無理な所まで来てもうたが、

次で必ず上がれ。

明日の対局はその練習や!

わかったな?」



「・・・はい・・・。」

そう。

明日は例会だ。

二局指す。


二つとも勝てれば降段は免れるが、


二つとも負ければ、もう一つも落とせなくなる・・・。




家に帰り、僕は必死に研究した。


明日は負けられない。


必死に必死に研究した・・・。


気が付くと夜が明けていた・・・。



















―翌日―


僕は一睡もしない状態で、今日対局のある関西将棋会館にやってきた。


【1局目】


・・・何とか勝つ事が出来た。

居飛車穴熊相手に、石田流に組んで主導権を握れたのが勝因だろう。



二局目は昼からなので、僕は近くの良野屋で魚丼を食べる事にした。




(あと1つ・・・。)


あと1つ勝てば降段せずに済む・・・。


僕は魚丼を掻っ込み、将棋会館にまた戻った。









 ・・・寝不足で頭が痛い・・・。



だがあと1局。


ここを乗り越えれば、帰ってからいくらでも寝れる。


ここを頑張らなければ、どこで頑張るのか。






 気合を胸に、対局室へと向かう。



部屋に入ると、数人の奨励会員が各々本を読んだり、じっと目を閉じたりしていた。


その中に、一人盤の前で正座をしている青年がいるのを見つけた。



正座をし、その目はじっと盤の中央を見つめている。

なんとなく気になったので、僕は役員の方に彼が誰なのかを聞いてみた。


「・・・すいません。彼の名は・・・?」


「ん?あぁ。彼は【狩羽 健治】君だね。


今日は関東から対局の為にきてくれてるんだよ。


次の対局は・・・たしか八木君とじゃなかったかな?」



 対局表を見ると、たしかに僕の次の対局相手は【狩羽】と書かれていた。


「・・・本当ですね・・・。」



狩羽君は、依然として盤を眺めていた。



狩羽君は去年三段に上がってきたようで、僕は顔を見るのも初めてだ。

・・いや、見た事はあるのかもしれないが、記憶には残っていない・・・。








 ―対局開始時間―



僕は狩羽君の正面に座る。


「・・・よろしくお願いします・・・。」


僕が挨拶をすると、狩羽君はそこでようやく僕に気が付いたようで、


「・・・あ、八木・・鎌司さんですね・・・。よろしくおねがいします。」

と言ってペコっと頭を下げた。


ペチッ


 パチッ。



玉・・・左金・・・右金・・・左銀・・・。



お互い交互に駒を並べる。



狩羽君は妙に嬉しそうだ。


そんな狩羽君の顔を、僕は不思議そうに見つめる。






―対局開始―

「よろしくおねがいします。」

「・・・おねがいします・・・。」


深々と一礼をし、


先手番の僕はまず7六に歩を進め、対局時計のボタンを押す。



パチリ


狩羽君は△3四歩。



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