僕らの目指した甲子園(15)

創作の怖い話 File.174



投稿者 でび一星人 様





「タ・・タイム!」


下葉が主審にタイムをかけてマウンドに駆け寄って来た。

それを見て内野手が全員集まってきた。

下葉は、「鎌司、どうした?球威がかなり落ちたような来がするけど・・・。」と心配そうに言った。

それを見ていた貝塚君はピンと来たようで、

「まさか鎌司さん・・・肩の痛みがまた出て来たんですね?」

と僕の顔を覗き込む。

「・・・。」

僕はすぐに言葉を返せなかった。

「・・・やっぱり。 鎌司さん、どうします?痛みを我慢して投げますか?」

じっと目を見て聞いてくる貝塚君に僕は、

「・・・投げるよ・・・タケシ君とは・・・僕が勝負しなきゃならない・・・。」

と答えた。

「鎌司さん・・・鎌司さんの強い気持はよくわかりました。」

貝塚君はそう言うと僕の肩の辺りを指で探りながら、


ギュッ!


と、僕の肩を親指で強く押した。

「・・・ぐ・・・。」

激痛が走り、思わず声が出る。

「鎌司さん・・・ツボを押しました。

それで肩の痛みは無くなります・・・。

ただし3球です。

3球を過ぎると、

今までの数倍の痛みが肩を襲うでしょう・・・。

・・・いや、それだけではなく、

それ以上投げると、今後鎌司さんはボールを投げられなくなるかもしれません・・・。」


貝塚君はなんとも言えない心配そうな顔をしてそう言った。


「・・・貝塚君・・・ありがとう・・・。

・・・下葉、

外野の皆も集めてくれないか・・・。」


「お、おう、わかったで。

・・・お〜い!」

下葉は外野の皆に手を振りこちらに来るように合図をした。


 マウンドに9人が集まり、

僕は集まってくれた皆に声をかける。

「・・・皆、

絶体絶命のピンチになってしまって、本当に申し訳ない・・・。

僕は、タケシ君との勝負に全力を注ごうと思う・・・。

精一杯、全力で投げる。

だから、

もし打たれても悔いの残らないように精一杯投げるから・・・だから・・・

皆もそのつもりで守って欲しい・・・。」

「お、おう!当たり前や!しっかり守るで! なあ!皆!」

「オウ!」

「オウ!」

「おうでゲス!」


 皆の気持が一つになった気がした。

・・・大丈夫。

僕は独りじゃない。

皆が着いているんだ。


 それぞれ守備位置に向かって走る皆の後姿に向かって、僕は心で感謝をする。


・・・下葉・・・

高校1年から、同じ学年ではたった2人だけの部員だったが、

本当に色々あったね。

君とバッテリーを組めて良かった。


・・・一枝君・・・

凄い怪力で、君が打ちまくった試合もあったんだけど、

編集の都合上全部カットされて、イマイチ目立たなかったね。

ゴメンネ


・・・貝塚君・・・

君が居てくれて、本当に助かった・・・。

全てにおいてきみは凄い男だと思う・・・。


・・・モヤシ君・・・

受験がんばって。

・・・優真君・・・

君を必死に勧誘した事は、やっぱり正解だった。


・・・平田君・・・

普通すぎてぜんぜん目だった事が無いけど、

それでも普通に普通のプレーをしてくれて助かった・・・。

世の中脇役が大事なんだと実感したよ・・・。


・・・中田君・・・

君は足だけでなく、リーダーシップもあるようだね・・・。

来年のキャプテンは、君にお願いしたいと思う・・・。


・・・右本君・・・。

君は、こんな時でもスタンドの女子生徒のパンチラを見ているんだね・・・。





みんな・・・


みんな本当にありがとう。

そして・・・

そしてこれからもよろしく頼む。


僕たちは・・・

僕たちは行くんだ・・・。






甲子園に!




「プレイ!」


「鎌司!力一杯、悔いののこらん勝負をやろう!」

打席に立ったタケシ君がバットを大きく振り上げ僕に叫んだ。

僕はゆっくりと頷き、そしてボールを握った手をタケシ君に向ける。


ストレート勝負。

僕には真っ直ぐしか無い!




 ランナーに目をやり、セットポジションから僕は真っ直ぐを投げ込んだ。

ブンッ!!


ズバン!!


「ストライーーク!」



ど真ん中。

タケシは空振りをした。


「・・・鎌司・・・お前・・・9回に来て球威が増してるやんけ・・・。」

タケシ君は驚いた顔で僕を見る。



・・・あと2球・・・。


 セットポジションから僕は2球目を投げる。


シュルルルルル!


ボールは風を切りながら下葉のミットに向かう。


ブンッ!


バシィ!!!


「ストライクツー!」



肩は・・・大丈夫。

貝塚君のおかげでまったく痛みは無い。


あと1球・・・。

僕が投げられる球はあと1球だ。


タケシ君は打席を外し、汗を拭った。

そして僕を見て笑った。

僕もタケシ君を見て笑った。




最後の1球。



打席に入ったタケシ君に対して、僕はランナーを無視して振りかぶった。


ランナーは一斉にスタートする。

僕は最後の1球をど真ん中に投げ込んだ。






フルスイングするタケシ君。






バキィ!!!!





タケシ君のバットが粉々に砕け散って空に舞った。


ボールは・・・?



ボールはレフトにフラフラと上がっていた。


レフトの平田が両手を上げる。

「オーライ!」


下葉がマスクを投げ捨て、ガッツポーズをする。

「やった!打ち取ったで鎌司!」



打球は高々と舞い上がっている。

・・・そして、意外と伸びているようだ・・・。

レフトの平田がゆっくりと後退し始めた。


そして尚も後退し、とうとうレフトのフェンス際に到達した。


そしてフェンスをよじ登る。

ちょうどレフトのポールが立っているあたりだ。


平田はフェンスの上から思い切り腕を伸ばしジャンプした。










捕ったか!?

ポーンと、

ボールがスタンドの向こうで大きく跳ねた。














「ホ・・・ホームラン!」

審判が大きく手を回した。







「わあああああああああああああああ!!!!」


大阪近蔭高校の応援団が大歓声を上げた。



「・・・終わった・・・。」


スタンドで大きく跳ねたボールを見ながら、

僕ははじめてボールを握った日を思い出していた。


「鎌司!お前も野球やってみいや。 ほら、投げてみろ。」

タケシ君があの日誘ってくれなかったら、

今の僕は野球なんてやっていなかっただろう。


ベースを回るタケシ君と僕の目が合った。

「・・・タケシ君、ありがとう・・・。」

僕は思わずそう呟いていた。

「・・・鎌司・・・。」

口の動きで何を言ったのか解ったのだろう。

タケシ君は僕に1回頭を下げ、ダイヤモンドを一周していった。

歓喜のチームメイトが待つ、ホームベースに向かって・・・。



 「鎌司・・・。」

下葉たちが僕の元に歩み寄ってきた。



→僕らの目指した甲子園(16)



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