夏に咲く桜(6)

創作の怖い話 File.147



投稿者 でび一星人 様





放課後。

「よう。鍋衣ちゃん。」

案の定、今日もOBの吉宗はグラウンドに現れた。

「おお・・・吉宗。」

一足早く授業を抜け出してグラウンドの木陰に座りこんでいる鍋衣の横に吉宗も座った。

「あれやな。鍋衣ちゃんは最近いつも野球の練習見にきとるなぁ。 暇なんか?」

「別に・・・。暇っちゃぁ暇やけど・・・それより問題があるやろ。」

「え?何や?問題って?」

「問題はオマエや。吉宗。 オマエ、こないだ卒業したんちゃうんか。

毎日毎日練習の時間なったら顔出しよってからに・・・仕事はどないしてん、仕事は。」

「・・・あぁ。鍋衣ちゃん、心配してくれとるんやな。

おおきに。

オレ、仕事は朝の時間帯なんよ。

早朝から、昼過ぎまで勤務って感じ。

だからこの時間は暇なんやわ。」

「え・・・ホンマかいな・・・。ほしたら、吉宗はいっつも、

野球部が心配やから仕事終わってから見に来てるっちゅーワケやったんか・・・。」

鍋衣は吉宗の心意気に少しウルっとした。

そんな鍋衣に吉宗が言う。

「ウソやで。おれ、ニートなんやわ。ニート。

高校時代野球ばっかりしてたら、就職活動する前に卒業してもてたんや。ハハハハハ。」


「・・・『ハハハハハ』やないやろ・・・。」

元人望の厚いキャプテンだった吉宗は、ダメな大人の入り口に立っているようだ。


「お、鍋衣ちゃん、鎌司達来たみたいやで。」

吉宗が指さす方を見ると、鎌司やその他の部員が着替えてゾロゾロと歩いていた。

「・・・ん?」

鍋衣は目をこすった。

なぜか、その野球部員のメンバーの中に、ウチボも混じっていたからだ。

「お・・・なんで今日はウチボが混じってるんや?」

「・・・コラ八木さん。ちゃんと内場先生って呼びなさい。

・・・今日はね、実はカクカクシカジカで、野球部が廃部のピンチなの。

それで、私のコネで、皆に高収入短期バイトを紹介してあげようと思ってね。

それぞれの特性で、向いてそうな仕事を紹介してあげるわ。

・・・もちろん、私がバイトを紹介したなんて事はヒミツね。」

「カクカクシカジカなんか・・・。それはしゃあないな・・・。

ウチも協力するで!

もちろん吉宗も、協力するよな?」

鍋衣は吉宗の肩に手をポンと置いた。

吉宗は、「・・え・・・。いや、仕事・・・オレあんまり好きじゃないんやけどな・・・。」

と漏らした。

どうやら吉宗はダメな大人の入り口所ではないらしい。


 そんな吉宗にウチボは、

「・・・吉宗君は、風俗店の受付なんてどうかしら?」

と言うと、

「・・・え?そんな仕事あるんすか?」

吉宗の目が弱冠輝きだした。


「ええ。あるわよ。 アナタたしか、高校の三年間で68人の女子にフられてたわよね。

そんなアナタにも何か良い事があるかもね。」

「良い事・・・。」

吉宗は前のめりになった。


「・・・吉宗君は決まりね・・・。 で、次は・・・。」


ウチボは次々と、その生徒の特性を生かして高収入短期バイトを紹介していった。

力の強いものはドカタ

足の速いものは飛脚

エロいものはエロ本の修正。

頭の良いものは家庭教師

特に取柄の無いものはそれなりのバイト・・・。

「皆、地図渡すから、各自今日から三日間、頑張って稼いできてちょうだい。

それと・・・八木君。君はちょっと特別だから、私と一緒に来てちょうだい。」

「・・・特別・・・?」

「ええ。君のは三日で45万になる仕事よ。でも安心して。悪い事でも何でもないのよ。」

「・・・怪しいですね・・・。 内容を聞かせてもらえませんか?」

ウチボは少し考えた後、「ふぅ。」と一息つき、説明を始めた。

「君のDNAは、皆もご存知の通り、一般人よりはるかに優秀って事はわかるわよね。

そんな君の血液とか、そういう遺伝情報的なものは、金になるのよ。」

「・・・。」

「君に、迷惑がかかる事は無いわ。 安心して。

きちんとした研究所に行くだけよ。

・・・嫌かしら・・・?」


「・・・別に・・・。構いませんよ。 血を採取するだけって事ですよね・・・?」

「ええ。そんな感じよ。 君の場合、その存在が金になるからね。」

「・・・。」




 ウチボのコネクションのおかげで、

野球部員はなんとか三日で60万という大金を稼ぐ事が出来た。

理事長に現生で60万を差し出すと、目をまん丸にして言葉に詰まっていた。

 野球部は助かったのだ。


ちなみに、ウチボになぜこんなコネがあるのかは不明である。


 
短期バイトにあけくれた三日間も終わり、

野球部の六人とおまけ2人は何事もなかったかのように練習をしていた。

 そんなある時、

「八木さあああああんん!!!!!!」

美角 優真が、校舎の方から猛ダッシュで走ってきた。

「・・・優真君・・・どうした・・・?」

「はぁ・・はぁ・・。 どうしたもこうしたも無いっすよ! オレ、美術部辞めてきましたよ!」

「・・・どういう事・・・?」

「オレ、恥ずかしながら、このまえ八木さんに言われて、告白しようって決意したんでス。

でも、やっぱり決意と踏ん切りは別なようで、告るのに三日ほどかかったんでス。

そしていざ告ったらですね、あんの女、何て言ったと思います?

『・・・え?美角君が私と?・・アハハハ。ゴメンなさいね。 私、年上にしか興味ないから。

美角君なんてありえないわ。』

・・・ですよ?

ちっくしょおおお!

オレの一ヶ月返せって感じっスよ!!!」


優真はそう言うと、制服の袖を捲り上げた。

「八木さん、ちょっと投げて下さい! むしゃくしゃするっス。

久々に、思いっきり打ちたくなったっス!」

「・・・優真君・・・。入ってくれるのか・・・?野球部・・・。」

「入るとは言って無いっス!それは別っス!

ただただ、今は思いっきり打ちたいんス!

ダメッスか?」


鎌司は薄ら笑いを浮かべた。

「・・・良いよ。投げよう・・・。

・・・下葉!受けてくれるか・・・?」

「お、おう!OKファーム。」

下葉は慌ててキャッチャーマスクをかぶる。


ブルン! ブルン!

優真は数度素振りをする。

バットのヘッドが遅れて出てくる非常に綺麗なフォームだ。

鎌司も下葉を座らせて軽く投球練習をする。

 「八木さん!八木さんが投げる所、実はオレ始めて見るんスよ。

サウスポーだったんスね。 

八木さんの中学の頃、タイヤ引いてるところしか記憶に無いっすからね。」

「・・・。」


 「じゃあ、八木さん、よろしくお願いします! それとキャッチャーしてくださる・・・え〜っと・・・。」


「下葉や。よろしくな1年坊主。」

「オレ、美角 優真っていいます。ヨロシクっス。下葉さん。」

「優真か、了解。 ちなみに言うとくけど、鎌司の真っ直ぐは凄いで。 覚悟しいや。」

「ハハ。そうなんスか?でも八木さん、中学の頃試合に1回も出た事無いくらいの補欠だったんスよ?

オレ、そんな中でレギュラーとってましたし・・・。

八木さーん!加減しないでくださいよ〜!」

「ハッハッハ。そうかそうか。まあ、頑張って打ってみい。」


 下葉はマスクをかぶり直し、どっしりと構えた。

優真も右打席でじっと構える。

力の抜けた『自然体』という感じだ。


 鎌司は息をゆっくりと吐き、ふりかぶった。

バットを握る優真の体に力が入る。


鎌自は深く体を沈め、その長くしなる腕からボールを投げた。


ブルン!

バシィ!!!


「か・・・空振り・・・オレが・・・。」

優真のバットが空を切った。

ボールは下葉のミットに吸い込まれていた。


 「どうや?優真君。 鎌司のストレートは?」

「・・・オレ、たしかに捕らえたと思ったんスが・・・。 下葉さん、オレどのへん振ってましたか?」

「ボール三つ分くらい下かな・・・。」

「み・・・三つ分も・・・。」


優真は中学時代、三振をした事が1度も無かった。

選球眼は自他共に誰もが認めるレベルがあった。

そんな自分が、ボール三つ分も下を・・・高めのボール球を空振りした事に納得いかなかった。

「・・・八木さん、もう一丁お願いします!」

優真はまくっていた袖を元に戻し、上着を脱いだ。

下葉が投げたボールを鎌司が受け取る。

「・・・。」

鎌司は無言でまた振りかぶる。

そしてゆったりとしたフォームから投げ込む。


ブン!

バシィ!!!!


また高めのボール球だった。


優真のバットはまた空を切った。

「ま・・・また空振り・・・オレが・・・。」

「今のもボール球や、高めのな。

まあ、優真にはストライクゾーンに見えたやろうけどな。」


「た・・たしかに・・・。ストライクゾーンだと思って振りました・・・。

ボールが浮き上がってるって事なんすか・・・。

八木さん!もう一丁!」


(今度は、ボール数個分上を振らなきゃな・・。)


 鎌司はゆっくりと振りかぶる。



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