黒い影(18)

創作の怖い話 File.140



投稿者 でび一星人 様





あの公園で雨に打たれて夜まで待ったけど、氷室さんが来てくれなかった日・・・。


「・・・謝らなくていいよ・・・。 僕が勝手に待ってただけだし・・・。」

「うううん・・・。違う・・の・・・。」


違う・・・?


氷室さんは続けて、

「私・・・行ったんだ・・あの日・・・夜に・・雨の中・・公園・・・に向かって・・・。」





「・・・え・・・?」







「でも・・・ごめんなさい・・・。私・・・公園に着く途中で・・・事故に・・・。」

・・・何だって・・・。

「・・・じゃ・・じゃぁ氷室さん・・・。もしかして・・・もしかして氷室さんがこうなったのは・・・

あの日僕に会いに来ようとして・・・。」


氷室さんはゆっくりと頷いた。

「・・・そんな・・・僕のせいで・・・ゴメン・・ゴメン氷室さん・・・。」

僕は氷室さんの手を握って顔を伏せた。


「うううん・・・謝らないで・・・。 そういう意味で言ったんじゃない・・の・・・。

私・・・嬉しかったん・・だ。 八木君が、ああいう風に言ってくれて・・・。

私・・・ね。ちょっと変に拗ねちゃって・・・。ゴメンネ・・・。」


 僕のせいで・・・氷室さんは・・・。

「・・・八木君・・・君、今自分を責めてるでしょ・・?」

「・・・え・・?」

「フ・・フフフ・・・。 丸わかりだよ・・・。君の事が、なんとなくわかるよ・・うになった・・・んだ・・。

アハ・・ハハハ・・・。」

「氷室さん・・・。」

氷室さんは、笑っていた。

そうとう苦しそうなのに、それでも僕を気遣い笑ってくれていた。

そんな氷室さんをみていると、僕も自然と笑顔になっていた。

「・・・あ・・そうだ・・八木・・君・・・。私・・・ね、 君が【Still Love Her】を歌う夢を・・見たんだ・・・。

それをお母さんに話た・・らね・・・。

本当に八木君が歌いに来てたって聞いて・・・。

あの夢で聞いた歌・・・本当に八木君なの・・かな・・・。」


「・・・わからないよ・・・。どうなんだろう・・・。」

「フフ・・・。八木君、ギター上手だった・・よ。」

「・・ありがとう・・・。」


「でも・・・歌はもう少し練習したほうが・・・良いみたい・・・フフフ・・・。」


 何・・・それは僕の歌が・・・。



「八木君・・・。」


「・・ん・・・?」


「もしかしたら、今しか伝えられないか・・も・・しれないから・・・伝えるね・・・。」

「・・・。」


氷室さんは僕の目をしっかり見据え、握っている手にギュっと力を込めた。

ほとんど力が入らないであろう握力で・・・。


「私・・・ね・・・。 八木君の事が、



好きなんだ・・・。

こんな体で言うのも悪いんだけど・・・。

 初めて君を見た時は・・・なんだかモテそうで良いイメージは・・。しなかったんだけど・・・。

 しばらく見て・・・いるうちに・・・八木君はなんだか人と違う感覚を・・・

持っている人なんだなって・・気付いて・・・。

だんだんそういう君に・・・惹かれていって・・・。」


僕はただ、うんうんと頷いていた。

ただ、

そんな氷室さんの言葉を聞きながら、

握っている手には自然と力が篭っていた。


「八木君・・・もしよければ・・・また・・・元気になったら一緒に・・・。」


そこまで話すと、氷室さんはスーっと目を閉じた。


「・・・?」

「・・氷室さん?」

氷室さんを揺するが、反応が無い。

「氷室さん!氷室さんっ!!!!誰か!誰かきてください! 氷室さんっ!!!!」


すぐに先生と氷室さんのお母さんが来てくれた。

そして慌てて氷室さんの脈を計ったり、聴診器を当てたりしている。


そして先生が口を開いた。







「・・・大丈夫・・・。眠っているだけです。久しぶりに意識が戻り、話をして疲れたんでしょう。」


・・・心の底からホっとした・・・。


 先生は、「もうヤマは超えたので大丈夫です。安心して下さい。」といってニコっと微笑んだ。


「ありがとうございます・・・本当にありがとうございます・・・。」

氷室さんのお母さんは何度も何度も先生にお礼を言っていた・・・。



 黒い影は、氷室さんの頭に覆いかぶさる位置にまで来ていた。

ゆらゆら

ゆらゆら


ゆらゆらと、

ただただ揺らめいていた。





 先生の一言を聞いて、安心した僕は帰路に着いた。

結局あの黒い影は何だったのだろうか?

おしょうが言っていた『死神』とは別だったようで本当に良かった・・・。


 明日もお見舞いに行こう。

部活が済んだら。氷室さんのお見舞いに。

 また2人でいろんな事を話そう。

歌の事

本の事

宇宙の事・・・。


氷室さんと話をするのは楽しい。

『落ち着く』と思っていたことは、実は楽しい事だったんだ。

・・そして、

そして僕も伝えよう。

明日。

今日君が僕に伝えたように、

僕も伝えよう。











僕も氷室さんの事が好きだって事を。






 翌日、

部活が終わり、練習着を着たまま僕は氷室さんのお見舞いに行った。

途中花屋で花を買った。

この間ギターを買ったときに余った端数のお金で。


 この花を渡して、僕は氷室さんに伝えよう・・・。









 だが、

その思いを伝える事は出来なかった。


 僕が503号室にたどり着いた時、

503号室は既に片付けられていた。


 看護師にその理由を聞いて、僕は買ってきた花をポトリと落とした。



 霊安室の前に、氷室さんのお母さんとお父さんらしき人が立っていた。



今朝。

氷室さんの病態は急変し、亡くなったという事だった。


 僕は今何が起こっているのか理解しきれていないのかもしれない。



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