黒い影(7)

創作の怖い話 File.129



投稿者 でび一星人 様





氷室さんも着いて来る。


時刻は夕方の4時頃か。

空はまだぜんぜん明るい。

 
「・・・。」

特に話す事もなく、僕らは歩く。

しかしその沈黙に耐えかねたのだろう。

「・・・めっきり寒くなったね。」

氷室さんが当たり障りの無い話を僕に投げかけた。

「・・・そうだね・・・。」

 僕も当たり障り無く返事をした。


またしばしの沈黙・・・。

「あ、ねえ八木君。」

また声をかけてくる氷室さん。

「・・・何・・・。」

「八木君はさ、歌とかって聞いたりする?」


・・・歌・・・。

そういえば、父さんも母さんも、何かしら歌を聴いたりしているな。

CDはけっこう家にある。

でも、僕も姉ちゃんもまったくといって良いほど歌は聞かない・・・。

「・・・聞かないね・・・。」

「そ、そっかぁ・・・。」

「・・・うん・・・。」



・・・沈黙・・・。


「あ、あのさ。」

氷室さんは、頑張っている・・・。 それはよく伝わってくる。


「・・・何・・・?」

「歌は・・・良いよ。うん。 何かしら、聞いたほうが良いと思うよ。」

「・・・そう・・・。」



「ん・・・八木君!」

氷室さんは立ち止まり、すこし強い口調で僕を呼んだ。

振り返り僕は、「・・・何・・・?」と普段の通りに返事をする。

「八木君! 空を見てみて!」

氷室さんは空を指さした。

見上げた空は、ところどころちぎれ雲が漂う乾いた感じの空だった。

「・・・空が・・・どうかしたの・・・?」

「空を見て、何か思う事は無い?」

・・・空を見て・・・。思う事・・・。

「・・・ちぎれ雲が漂う、乾いた感じの空・・・と思うけど・・・。」

僕は思った通りに告げた。

「フ・・・フフ・・・・フフフフ・・・。」

氷室さんは急に笑い出した。

「・・・何・・・?」


「アハハハ。ハハハハハ。」


何なんだ・・・。笑いすぎだろう・・。


「・・・先行くよ・・・?」


「あ、待って。ゴメンゴメン。」

氷室さんは歩き出す僕の隣に駆け寄ってきた。

そして一緒に歩きながら氷室さんは言う。

「今の答えじゃぁ、やっぱり八木君は国語で100点以上は無理ね。フフフ。」

・・・何・・・?

「・・・どういう事・・・?」

別に国語の点なんてどうでも良い。

どうでも良いんだが、

あえてこんな事を言われたら、その理由が気になった。


 「フフ。『どういう事』・・・か。

それを説明する力は、私には無いかな。ごめんね。

ただ、

八木君。

君には足りないものがある。

全てに優れていると思ってたけど、

君にも弱点があったんだね。

安心したよ。」



・・・弱点・・・。

「・・・僕に・・・弱点・・・?」

「そう。弱点。君人間だったんだね。」


弱点・・・。

弱点・・・。


気になる。

弱点と言われたら、それを知りたくなるのは人として当然だろう。

「・・・どういう弱点なの・・・?」


「う〜ん。何ていうんだろ・・・。ごめんなさい。やっぱり私には説明できないわ。

なんていうか、これは感覚的なものだから。」


・・・感覚・・・。


「ゴメンね。 あまり気にしないで。 帰って歌でも聴けば解るかもよ。フフ。」

氷室さんはそう言って、今日もコンビニを右に曲がって僕の家の前まで来てくれた。


・・・おそらく、昨日ここまで来たので『本当は左だった』なんて事を今更言えないんだろう・・・。


「じゃあね。八木君。また明日学校で。」

「・・・じゃぁ・・・。」


氷室さんと別れて、階段を上り4階にある部屋へと向かう。


弱点・・・。

弱点・・・

   弱点・・・


『弱点』という言葉が、気になって仕方が無かった。


 自分の部屋に入り、時計を見ると夕方の四時半だった。

・・・まだ、那覇村先生との将棋までには時間があるな・・・。

僕は居間に置いてあるCDをひっぱっりだした。

母さんが聞いていたものだ。


『帰って歌でも聴けば解るかもよ。フフ』

氷室さんが言ったその一言が、妙に心に引っかかっていたからだ。


 とりあえず片っ端からCDを聞いてみた。

大量にあるCDを全部聴く事はできなかった。


結局・・・そのほとんどがつまらない歌ばかりだった。

「おはよう!」

朝。

二学期最後の登校日。

今日1時間ほどHRに出れば冬休みだ。

 氷室さんは、笑顔で元気に挨拶をしてきた。

「・・・おはよう・・・。」

僕も挨拶を返す。

ほんの数日前までは、会話すらしていなかったのに、不思議なものだ。

「ねえねえ、八木君。」

始業のチャイムが鳴るまで、あと15分ほどか。

氷室さんは隣の席から声をかけてきた。

僕は体を氷室さんの方へと向ける。


「ねえ八木君。Still Love Her って歌、知ってる?」

「・・・Still Love Her?」

「うん。TMNの歌なんだ。 私、あの歌結構好きなんだ。」



・・・歌か。

昨日、帰ってからけこう歌は聞いたのだが、その中にその歌があったんだろうか。

・・・題名を事細かく覚える事は省いてしまったな・・・。


「・・・どんな歌? 一応、昨日歌は結構聞いたんだけど・・・。」

「え!歌、聴いたんだ! もしかして、私がああいう事言ったから?ね?ね?」

・・・図星なだけになんか敗北感・・・。

「・・・別に氷室さんは関係無いよ・・・。母さんのCDがたくさんあったから聞いて見たんだ・・・。」

「あ、そうなんだ。 ふ〜ん。 八木君のお母さんって、どんな人?」

「・・・どうなのかな・・・。良くは解らないよ。 滅多に合わないし・・・。 離婚してるんだ。父さんと母さん・・・。」

「え・・・あ・・・そうなんだ・・・。ごめんなさい・・・。」

「・・・別に・・・。あやまる事は無いよ。」

「ん・・・。いや・・・。 あ、あ。それよりさ、八木君。さっき言ったStill Love Her。 

丁度私のiPodに歌が入ってるんだよね! 聞いてみる?」


・・・正直少し気になる・・・。

「・・・少しだけ、聞いてみるよ・・・。」

「フフ。ちょと待っててね。」



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