真夜中に見つめる女性

創作の怖い話 File.119



投稿者 でび一星人 様





ある晩おれは夢を見た。

夢の中には、遠く生まれ故郷で過ごす母さんが居た。

母さんはおれの服の裾を握り、じっとおれを見つめていた。

おれは何も喋れない。

母さんも何も喋らない。


 目が覚める。

夏でも無いのに、汗でびっしょりだった。

時計を見るとまだ夜中の三時。

 汗をかいた為か妙に喉が渇く。

水を飲みに台所に行こうと、布団から出る。

そこで気がついた。

真っ暗な部屋。

おれしか居ないはずの部屋。

目の前に、ナニかが居る。


・・・女性だ。

年老いた女性。

なぜか両目が真っ赤に光っている。

その真っ赤な目でおれを見つめている。


「・・・母さん?」

おれはそう呼んだ。

さっき見た夢の影響かもしれない。


 呼んだ途端に、その女性は消えた。

部屋から出て行く・・・といったものではなく、

スーっという感じでその場から消えた。

不思議な感覚だった。

おそらくあの女性は、この世のものでは無い。


 おれには多少だが霊感があり、昔は当たり前のように霊が見えていた時期があった。

だから今のが霊だという事はハッキリわかる。

・・・だが、

あれだけハッキリと姿を見る事は最近では珍しい。

 一体あの女性は何だったのか・・・。

おれに何かを伝えようとしていたのか・・・?


 しかし明日も仕事。

60歳近いおれの体力は、夜中の三時にあれこれ調べるほどの余裕は無い。

喉の渇きより、さっきの女性が消えた安堵感のほうがはるかに強く、

睡魔がおれを包んで行った・・・。




(以下は、人物の補足的なお話です。 怖さはほとんどありません。 なので読まないで下さい。)

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ガタンゴトン

 ガタンゴトン・・・

電車が揺れる。

おれは息子と娘と一緒に電車に乗って実家に向かっていた。

 窓から見える景色の畑や田んぼは割合を増す。


大阪に出てきてもう30年近くになるが、おれはほとんど実家に帰っていない。

数年に一度。

盆か正月に少し帰るくらいだ。


 「オトン!何考え事しとんねん!そないくよくよしてもしゃぁ無いやろが!」

「・・ん。あぁ。 そうだな・・・。」


娘の鍋衣は、きっとおれの事を気遣ってこんな事を言ってくれるのだろう。

言葉や行動は少々荒っぽいが(おまけによく問題も起こすが)、やさしい子に育ったと思う。


 
 昨日の晩、おれの目の前に現れたのは、もしかしたら母さんだったのだろうか?

鍋衣がまた変に気を使うといけないので、おれは目を瞑り、仮眠を取るフリをした。



 今朝・・・あの女性を見た翌朝、

家に1本の電話がかかってきた。

電話に出たのは息子の鎌司。

鎌司と鍋衣は双子の姉弟だ。


 鎌司はおれの部屋に入ってきて、

「・・・父さん。 電話だよ。」

と言った。

「誰から?」

「・・さぁ。」

普段は必ず相手の名前くらいは聞く鎌司が珍しいなと思いながらも電話を代わる。

「もしもし?」

「あ・・。もしもし、裕史・・・。 ・・・元気だった?」

最初は誰だか解らなかった。

しかし3秒ほど思い出し、その声の主が誰だか解った。


 7年前に離婚した、元妻の沙織だった。

おれは何も話さずに電話を切ろうとした。

すると、入り口のところの壁にもたれかかり、腕を組んでいる鎌司が静かに言った。


「・・・父さん。 何も無ければ、電話して来ないはずだけどね・・・。」

・・・たしかにそうだ。

中学三年生にして、大人以上にしっかりしている息子。


 
「・・・何か用か?」

本当に、何年ぶりだろう。

おれが沙織に言葉を投げかけるのは。


しかしそんな【沙織と話す事】を考える余裕は、次の瞬間無くなった。

「裕史・・・。落ち着いて聞いてね。 お義母さんが・・・。今朝、お亡くなりになったの。」



・・・


・・・



「・・・オトン!! オトン!」

ガタンゴトン・・・

ガタンゴトン・・・


 鍋衣がおれを揺すっている。

・・・どうやら、寝たフリをしていたら本当に寝てしまったらしい。

「・・ん?どうした鍋衣。」

「オトン!腹減ったわ。 もう良い時間やし、丁度売り子が来よったから金ちょうだいや。」

時計を見ると、11時20分だった。

・・・昼飯には少し早いとは思うが・・・。

 おれは鍋衣に1000円を渡す。

そして鎌司にも渡そうと1000円を差し出すと、

「・・・僕はいいや。 まだお腹空いて無いし・・。」

と、窓の外を眺めている。

「そ、そうか。 またお腹空いたらいつでも言ったらいいから。」

おれは1000円を胸ポケットにとりあえず仕舞った。



 鍋衣は弁当とお菓子を買い、おいしそうに食べている。

おれはまた目を瞑って考え事をする。

 今朝の電話で、沙織から聞いた事を思い出す。

沙織は、まだ鍋衣と鎌司が赤ちゃんの頃、

二年ほどおれの実家の母と一緒に暮らしていた。

子供の世話や、仕事の都合でだ。

 その関係で母とはかなり仲良くなっていたようだった。

そんな感じだから、

離婚した後も、一人暮らしのおれの母さんを心配して、

おなじく一人で過ごしている沙織はちょくちょく様子を見にいってくれていたらしかった。

おれが嫌な思いをしないように、母さんも沙織も黙っていてくれていたようだ。

・・・つまり、

おれが何年もほったらかしにしていた母を、

沙織は・・・。


 

 なんだか申し訳ない気持で一杯だった。


沙織に、お礼を言わなきゃならない。

でも、上手く言えるかどうか・・・。


 「ごっちそうさんでしたぁ!」

鍋衣のでっかい声で、ビクっとして目を開ける。

鍋衣は空になった弁当箱とお菓子の袋をゴミ袋に入れ、なにやら本を取り出した。

【受験なんたらかんたら】と書いてある。

・・・そう。

あの鍋衣が、

あの勉強嫌いの鍋衣が、

高校を受験するのだ。

どうした事か、ここ数週間必死に勉強している。


 動機は、鎌司が高校進学の意思表明をしたかららしい。


 鎌司も、本当は中学を卒業して、プロの将棋指しになるはずだった。

・・・【はずだった】というのも、まだプロになってはいない。

中学1年にして、【三段リーグ】に入る事が出来た鎌司。

プロ棋士になるためには、

年に二回行われる、この三段リーグ戦で、上位2名に入らなければならないのだ。

つまり、よほどの条件をクリアしない限り、年に4人しかプロにはなれない。

そんな狭き門なのだ。

その狭き門を、鎌司は余裕で抜けていくであろうと専門家に評価されていた。

小学六年生時で、

すでに実力はプロの五〜六段クラスはあると噂されていた。

そんな鎌司が、中学1年の頃に、

何を血迷ったか野球部に入ってハマってしまった・・・。


対局日には欠かさずに行ってたようなのだが、

やはり野球に専念するあまり、将棋の成績はガタ落ち。

だいたい三段リーグで指しワケくらいの成績ではあるが、

優勝争いにはこの三年間まだ1度も顔を出していない・・・。


 師匠の那覇村先生も、最初野球を始めた時には大激怒した。

一時は破門騒動にまでなったのだが、

鎌司のスター性に惚れこんだ将棋連盟の職員がこぞって先生をなだめ、

「3年くらいなら・・。」と納得させてくれたようだ。


 そして三年が経った。

さあこれで、将棋に打ち込んでくれる・・・。

そう思った矢先に、鎌司は高校で野球を続けたいと言い出した。

さすがに那覇村先生も呆れたらしく、

「好きにやれ・・・。」

と、とうとう鎌司に強く言うのをやめてしまったようだ。

そんな先生の姿を見て、考えなおすかとも思ったが、鎌司は本当に高校に行くらしい・・・。

これでまた、あと三年プロはお預けの予感がするが・・・。




 「鎌司!ここんところ、教えてや!」


鍋衣が、本を開いて鎌司にわからない所を聞いている。

これから受験する鍋衣にとって、これほどまでに頼もしい存在はいないだろう。

鎌司はいわゆる【頭の良い子】で、

授業で聞くくらいで、ほとんど理解してしまうようだ。

テストでも97点以下を見た事が無い。

学校の先生に、『公立で1番良いところも余裕で行けますよ!』

と言われたが、鎌司は色々金銭面を気遣い、

1 電車を使わずに通えるところ

2 野球部が有るところ

この二つの条件をクリアした、【中より少し劣る】くらいの高校を受験するようだ。


 そしてそれに触発され、鍋衣も同じところを受験するらしい・・・。


ちなみに鍋衣は、【補修を受けなかった事が無い】くらいの成績だ・・・。

今回の受験はかなり厳しいものになるそうだが、

まあ失敗も経験と思うので受けさせる事にした感じだ。



 「鎌司!なるほど!酸素は手が2本って覚えるんやな! なるほどな!」


どうやら、鎌司は子供にもわかるお勉強っぽく教えてくれてるらしい。

相手を見てそのレベルに合わせる。

鎌司に関しては、親のおれもあらゆる面で抜かれてしまっているのだろう・・・。



 

 そうこうしているうちに電車は実家の最寄り駅に着いた。


無人の改札を出ると、白い服を着た女性が立っていた。


「おかん!!!」

鍋衣が女性の元へと駆け寄る。


沙織・・・。


その女性は沙織だった。


7年の月日が経ち、沙織はすっかり老けていた。

そして・・・おれも老けた。

 お互い歳を取った。

立ちつくしたまま、動けないおれの横を追い越し、

ゆっくりと鎌司が沙織の元へと歩いて行った。



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