赤い服の女性

創作の怖い話 File.113



投稿者 でび一星人 様





拝啓、沙織様

いかがお過ごしでしょうか。

まだ小学二年生だった鎌司と鍋衣も、

もう中学生です。

早いものです。


お姉ちゃんの鍋衣は中学に入っても、相変わらずのワンパクぶりで、

1学期だけで19回も学校に呼び出されました。 おれが。

これは学校が創立されてから、保護者呼び出しの新記録のようです。


 鍋衣から聞いた話では、入学から一週間で、すでに三年の番長を締めてしまったようです。

 そのうち、筋関係で本職の方が現れて、家になんやかんややられないかが不安な日々です。

 弟の鎌司はというと、

奨励会の方も順調に勝ち星を重ねて、中学入学前に無事三段リーグに入る事ができました。

1年に二度行われる三段リーグ戦で1位か2位に入れば、

鎌司も晴れてプロ棋士です。

渡辺竜王以来の中学生棋士誕生か?と、一部のファン・マスコミから注目されています。

・・・ですが、鎌司は周りの期待をヨソに、中学に入って野球を始めてしまいました。

それからは将棋の成績もガタ落ち。

師匠の那覇村先生も、「プロになるまで野球は辞めろ」と叱渇してくれたようですが、

鎌司は頑として野球を辞めようとはしません。

まるで、どこぞのコミュでバッシングされながらもシリーズ物を書き続ける人のようです。

一体、誰に似たのでしょうか・・・。鎌司は意外と偏屈な所があるようです。


 おれはというと、相も変わらず、同じ仕事で、同じ毎日を過ごしています。

夕飯ですが、鎌司は部活と対局で忙しいので、鍋衣が作ってくれます。

最近は、鍋衣もようやく食える物をつくれるようになって、助かっています。

・・・あれで、もうすこし落ち着けば、良いお嫁さんになれるとは思うんだけどね・・・。


 沙織と別れて、5年。

一度くらいは、会って食事でもどうかなと思っています。

もしよろしければ、是非一度。

敬具】




「・・う〜ん。 手紙を書いたものの、 やっぱり今更こんなの出せないな。」

おれはそう言って、書きたての手紙を破り、ゴミ箱に捨てた。

 妻の沙織の浮気が原因で離婚し、早5年。

正直たった1度だけの妻の過ちに対して、感情的になりすぎたという後悔は少なからずある。

 だが、自分自身の感情を抑え切れなかった。


そして、ソレを実行した以上、今更戻ってきてくれとも言えないでいた。

 それに、いくら過去の事と言っても、【浮気】という事実があったのは確か。

それを思い出すと、少なからず心にひっかかる。


 

 だからおれは双子の子供たちに苦労をかけて申し訳ないと思いながらも、

妻の居ない生活を続けていた。


 
 「お父さん。」

息子の鎌司がいつのまにか、部屋の入り口に立っていた。

「お、鎌司。どうした?」

「・・・うん。 今日対局だから、ちょっと行ってくるね。」

「そうかそうか。 気をつけてな。」

「・・うん。 じゃぁ。」


心なしか、最近鎌司がヨソヨソしくなった。

思春期だから仕方ないのかもしれないが・・・。

そんな事を考えながら、鍋衣はどうしたのかと思い部屋を見に行くと、

大の字になって豪快に寝ていた。

休日は平均20時間は寝ているようだ。

トンビが鷹を産むとはよく言ったものだが、

ヒトが猫を産むなんて聞いた事もない。


 「さて、暇だな・・・。」

休日の朝8時。

 普段の生活のリズムというものは休日にも影響するもので、

何の予定もないのにほぼいつも通りに目が覚めてしまう。



・・・鍋衣はきっと、夕方5時までは起きて来ない・・・。


おれはとりあえずお湯を沸かし、コーヒーを入れた。

 そして朝のニュースを見ながら、そのコーヒーカップに口をつける。

「うげ。苦ゲぇ。 やっぱり飲めねぇや。」

やっぱりオレはコーヒーが飲めないようだ。

ここ数日チャレンジしてるんだが、やっぱりいくつになっても飲めねえもんは飲めねぇ。


牛乳とパンを胃に入れ、午前中はテレビを見ながらボーっと過ごす。


昼過ぎ。

やはり暇だ。

おれは散歩に出かけた。

パチンコ、競馬をやらないので、本当に外を歩くだけの散歩だ。

今年でおれも56歳。

周りから見たら寂しいオッサンだろうか・・・。


 ぶらぶらと歩いていても、そう間がもつものでもなく、

ついついフラフラと、休日は昼過ぎでも開いている居酒屋に入る。

店のカウンターには、おれの他に赤い服を着た女性が一人座っていた。


「お!八木ちゃん!いらっしゃい!」

八木とはおれの名字だ。


無駄にビールを頼むのも何なので、ボトルをキープしている『神の河』を飲んだ。


 マスターと適当に話をしながらカンノコを飲んでいると、

知らぬ間に外は真っ暗になっていた。


「もう夕方6時か。」

柱にかけてある時計を見ると、針は6時5分を指していた。

「鍋衣はもう起きているな・・・。夕飯を作ってる頃だろう。 マスターチェックお願い。」

「あいよ〜。」

おれはチェックを済ませて店を出た。


家に帰る途中、後ろから気配を感じた。

振り向くと、さっきの居酒屋のカウンターに座っていた女性だった。


方向が同じなのかな?

そのくらいに思い、おれは家へと歩き続ける。

・・・しかし、やっぱり何か変だ。

気になるのでチラ見で後ろを確認しているのだが、明らかにつけられている感じがする・・・。



 意を決しておれは立ち止まり振り向いた。


女性も立ち止まる。


「何か用ですか?」

おれは女性に聞いた。

女性は無言で無表情だった。


しばらくすると、女性はゆっくりと手をあげて【オイデオイデ】をし始めた。

無表情の顔は知らぬ間にニタっと笑っていた。


何か用があるのか?それともおちょくられているんだろうか・・・。


とりあえず何かあったらいけないので話を聞きに女性の方へと歩いて行った。

やけに道が暗い。

街灯が壊れて点灯していなかった。


暗い道を、赤い服を着た女性の方へと進む。

女性は相変わらずニタニタと笑いながらオイデオイデをしている。




「オトーーーーーーーーーーーーーーン!!」


その時、後ろから鍋衣の声が聞こえてきた。

「・・・おぉ。鍋衣。」

「おぉ鍋衣 やあれへん!もう飯出来てるんやで!どこほっつき歩いてんや!」

「あ、いや、ゴメンゴメン。ちょっと散歩に行ってて。」

「・・まぁ、ええわ。 とりあえず帰るで。 飯冷めてまうさかいにな。」


そう言って袖をひっぱる鍋衣に、

「あ、ちょっと待ってくれ、あの人が何か用あるみたいだから。」

と言うと、


「ん?誰かおるんか?」

と鍋衣は不思議そうな顔をしている。


振り返ると、さっきの女性は居なかった。

そしてゾっとした。


街灯が壊れて真っ暗なこの道は、

あれだけ鮮明に赤い服の色がわかる明るさでは無かったからだ。






そしてそれよりもっとゾっとしたのは、



振り返った目の前には、フタが外されたマンホールの穴がポッカリと開いていた。




もし、鍋衣が呼び止めてくれなかったら・・・。





 後日、マスターにこの不思議な話をすると、

30年以上前に、あのマンホールに落ちて無くなった女性が居たという事だった。

この店にもよく来ていた女性だそうで、

白い服がよく似合う方だったらしい。


 マンホールのフタは誰かのイタズラで外され、女性は頭から落ちて即死。

真っ白な服は、血で真っ赤に染まっていたそうだ。


 


 一人で寂しいから、今でも誰かを誘っているのだろうか・・・。



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