何度も落ちる霊(4)

創作の怖い話 File.111



投稿者 でび一星人 様





ドンッ!

・・・相変わらず、窓の外から音が聞こえて来る。

10分ほど経過しただろうか?

ようやくその音が止んだ。


 かーくんとツルッパゲの将棋の方も大分進み、席主のオッサンいわく、【均衡状態】らしい。

気付けば、客のほぼ全てが、この対局に注目していた。

かーくんも、ツルッパゲも、いつの間にか真剣な顔になり、ジっと盤を睨みつけている。

ウチはなんだか、この2人の放つオーラに格好よさを感じた。

 (・・・オッサン!どうなんや?どっちが勝ってるんや?)

小声でこそっと、席主のオッサンに聞く。

オッサンも小声で、

(・・・大接戦や!ここで、わずかでもミスをした方が負ける! それくらいの接戦や!)

 熱い・・・。 熱いものを感じる・・・。

元々、ウチもケンカをよくやる身。

勝負の雰囲気には敏感や。

とにかく、(かーくんがんばれ!)と、胸の中で応援した。


 パチリ。

「よし・・。」

その時だった。

ガタッ。

ツルッパゲは、持ち駒の桂馬を盤の真ん中らへんに打ち下ろし、席を立った。

そしてグビグビっと酒を飲み、

「ヒック・・。 坊主。お前、思ってた以上に強いな。 楽しかったで。 ワシが指すのは・・・そこまでや。 

後は坊主が好きに指したらエエ。 そしたらワシの時間切れ負けや。 ありがとう。ほな、ワシ行くわ。」


?????

周りのギャラリーは拍子抜けした。

「な、なんでここで?? まだまだ良いところやのに!!」

将棋好きから見たら、凄い内容の将棋なんやろう。

それを途中でボイコットして、ものすごい残尿管が伺える。


「ひゃっひゃっひゃ。 わめくな皆の集! 坊主は、ちゃんとわかっとるはずや。 

坊主の【次の一手】をよ〜く見たらわかるわ。 ほなな!」

ツルッパゲはそう言うと、将棋クラブの外に出て階段を下ろうとした。

「ちょ・・ちょっと待ちぃ〜〜!!!」

その時、あわてて席主のオッサンがツルッパゲを追いかけた。

「お客さん!!お金!お金!!」

・・・ツルッパゲ・・・。 食い逃げならぬ、【指し逃げ】しようとしたのか・・・。


ツルッパゲはまたまたグビリと酒を飲んで、

「・・・うむ。 今回は、そこの坊主に免じて、タダにしといてやろう! ほんじゃあな!」

と言ってまた階段を下りようとする。

「いやいや、おい!ふざけるな!! 金はらえよハゲッパ!」
席主のオッサンはツルッパゲの腕を掴んだ。


ツルッパゲは
「えぇ〜〜い!」といって腕を振り払い、

「そんなに金が欲しいんか? しゃあない、ほんじゃあココに請求したらええわ!」

と言って、名刺のような物を席主のオッサンに渡した。

席主のオッサンはその紙を見てしばらくフリーズする。

「・・・ほんじゃあな、行くから。」

ツルッパゲは再三、酒をグビリとやろうとしたが、

もう残っていなかったらしく、2、3摘だけポタポタと口に入って「チッ」って言った。

そして外に行こうとすると、また席主のオッサンが、

「ふ、ふざけるな!!このハーゲんだっつ!」

と、再四呼び止める。

「おい!この名詞みたいなの、将棋連盟の連絡先が書いてるだけやないか!! 

ふざけるのもエエ加減にせえや!!」

オッサンが怒鳴る。

ツルッパゲは「えぇ〜〜〜い!」
と言って、掴まれた腕を振り払い、


「那覇村 元司が来たと言えば解る!」
と言った。



「・・・那覇村・・・?

はん、そんなバリバリのA級棋士がお前みたいなやつと、どう関係が有r・・・ん・・・?」

オッサンはまじまじっと、ツルッパゲの顔を眺めて、そして青ざめた。

「はわ・・あ、アナタは・・もしや、那覇村先生?」


ツルッパゲはニヤっと笑い、

「次からは、顔覚えといてや。」

と、一言残し、店から出て北にある駅の方へと向かっていった。



席主のオッサンは固まって動けないようだ。

さっきもらった名刺のようなのを両手で持ったまま、地蔵みたいになっている。


(オッサンは、真っ白に燃え尽きたんやな・・。)

ウチは、オッサンの【呪縛】が解けるまで、かーくんを見てる事にした。


 かーくんのところに行き将棋盤を見ると、じっとさっきの局面のままの盤を見つめていた。

周りのギャラリーたちは、

「・・・なんでこんな良いところで帰ったりするんやろな・・。」

等と愚痴をもらしていた。


ガタッ・・・


かーくんが立ち上がった。


そして、

「・・・この将棋・・・僕の負けだ・・・。」

と呟いた。

「ええっ!!!」

周りは一斉に声をあげる。

かーくんは、

「この54桂打ちで・・・一気に僕の駒は働きを封じられた・・・。 どうやっても、負ける・・・。」

ギャラリーは、「ま・・まさか・・。」

と言って、検討を始める。


「・・うん・・ここ、突き捨てたら?」

「いや、その手は手抜かれて、端つき捨てられて・・そこで一歩入るから・・・・。」

「うん・・意外にむずかしいのか・・?」

「いや・・難しいというより・・・下手、手が無いな・・こりゃ・・。」

「なんと・・あの54桂で、この将棋は終わってるじゃないか!」



「・・・」


数々の大人の検討を後ろに、かーくんはゆっくりと歩いて出口にいる席主のオッサンの所に歩いていった。


そしてオッサンの肩を叩き、

「・・・今のおじさん・・誰だか解りますか・・?」

と聞いている。

オッサンは、

「あ、あぁ。 今の人は・・・那覇村 元司 八段や・・・。 【浪速の龍】の異名を持つ・・・。

しくじったぁ〜。なんで気付かんかったんやぁ・・・。サインもろときゃよかったでぇ・・・。」


「・・浪速の・・・龍?」

「あぁ。 かーくんは、あんまりプロ棋士の事はわからんのかな?」

「・・・うん・・・。」

「そかそか・・。 浪速の龍 っていうのは、那覇村八段が【真剣師】の時の異名や。」

 席主のオッサンは、ツルッパg・・・那覇村八段の話を始めた。


 今から十年ほど前、

どこに行っても負け無しと言われる真剣師が居たらしい。

真剣師とは、用は【賭け将棋で生計を立てる人】の事。

名を那覇村 元司と言った。

 関西一帯を喰い代にし、稼ぎに稼ぎまくった。

その噂はプロ棋士にまで届き、プロ棋界としては異例の『五段認定試験』を行い、

那覇村は軽く合格してしまった。

後にも先にも、正規の形以外でプロになったのは那覇村だけらしい。


那覇村の凄さはそこで留まらなかった。

プロ相手に対しても勝って勝って勝ちまくった。


プロにはランクがあり、A級→B級→C級とあるのだが、

瞬く間に、10人しか枠の無いA級にまで登りつめた。



とにかく、元が真剣師。

勝負術が他の棋士と比べてズバ抜けているそうだ。


そして、【駒落ち将棋】では桁違いの力を発揮するらしい。


「・・とまぁ、そんな感じかな・・・。 でも、さすがにアマ六段のかーくん相手に飛車、

角落ちでは難しいやろうと思ったんやが・・・まさか互角に戦うとは、おっちゃんも驚いたわ・・・。」

それを聞いてかーくんは、

「・・・いや・・・。互角なんかじゃないよ・・・。」

「・・え?」

「・・・・今の将棋・・・。 始めから負けていた・・・。 なんというか・・・飲み込まれた・・・。」


こんなかーくんを見たのは、何年ぶりだろう・・・。

かーくんの手は、小刻みに震えていた。


「かーくん・・・。悔しかったんやな・・・。」

ウチはかーくんに声をかけた。


「・・・いや・・・。」

そう言ったかーくんの顔を見た。

笑っていた。

「お姉ちゃん・・・。将棋って・・こんなに楽しかったんだ・・・。」

かーくんは席主のオッサンの服を掴み、

「・・・おじさん! 那覇村先生の弟子になるには・・・どうしたらいい・・・?」
と、珍しくざわめきだった口調で聞いていた。

オッサンは困っとった。

とりあえず、オッサンはさっき那覇村のツルッパゲからもらった紙の連絡先、【将棋連盟】に電話して、

那覇村ツルッパの携帯に電話をしてもらい、コンタクトをとってくれた。


 そして五分もしないうちに返事が来たらしく、

席主のオッサンはかーくんに申し訳なさそうに、
「かーくん・・・『ワシは弟子はとらへん。ごめりんこ』やって・・・。」



ウチは、心で叫んだ。




 島木ジョージかよ!!!!!!



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