二重感情

本当にあった怖い話 File.8



投稿者 木野子 様





大学の後期の日程が始まって2週間程経った頃だったと思う。

私に突如として異変が起こった。

自分自身何が何だか解らなかったのだが、とにかく異常な日々の始まりだった。

その異変のせいで、大学を5日連続で休んでしまった。

「S!いるの??大丈夫ー?」

大学を休み始めて3日目の午後、友人が様子を見に私を訪ねてきた。

それまでにも、友人から携帯にメールや着信などもあったのだが、

全く反応していなかったので、さすがに心配になったらしい。

友人B「もしもーし!」

…出たくない。せっかく心配してきてくれたのに私はとても顔を合わせられる心境ではなかった。

しかし

「入るからね。」

カチャ

カードキーを差し込む音がインターホォン越しに聞こえた。事情あって、

私は友人Hとお互いの部屋のスペアキーを交換しているのだ。

Hが来た。私はその状況に何となくホッとして、また何となく不安を感じた。

「うわ!」

部屋に入って私を見た2人は唖然としていた。

部屋はいつも通り殺風景で特に変わりはない。

ただ、部屋の隅にあるベットに腰掛けて2人を迎えた私は、号泣していたのだった。

私は普段人前で泣いた事は無いし、恐らくそんな人柄にも思われてなかったので、

その光景は2人にとって十分すぎるほど異常だっただろう。

B「どしたん〜??なんかあったん?大学にも来んで。」

焦って近付いてくるBに私はただ首を横に振る。

H「携帯、連絡したのに何してたの?」

「…触ってなかったから。」

―3日間全く。

言われて初めて携帯の存在を思い出した。

B「なー、何かあったなら言いやぁ。そんな泣いてびっくりするわ。」

「いや、別に何も無いんだけど…。」

B「何も無いことないやん。じゃあ何で泣いてるん?何で大学休んでるん?」

もっともなBの問い掛けに私は

「涙、止まんなくて。」

としか答えようが出来なかった。しばしの沈黙の後、もう一度Bは尋ねる。

B「だから、理由は?」

「何も無いよ。ただ涙が止まんなくて困ってる。」

はぁ???

Bは不審な目で私を見た。Hは静かに成り行きを見守っていた。

説明すると、それは3日前急に起こったのだが、とにかく、涙が止まらない。

何か悲しくなることがあった訳でもないのに、重くて悲しい気分がずっと続いていた。

自分でも訳が解らないまま1日に5、6回静かに泣き、あとの時間は重い気分のままボーッと過ごし、

気が付いたら疲れて眠っている、という日を過ごしていた。

その間大学に行く気力は全く起きなかった。

これは…もしかすると、精神的な病じゃないのかとそろそろ疑い始めていた。

H「それにしては急すぎない?原因も思い当たらないんだし。」

そうなのだ。3日前までは至って普通だった。

突然こんな風になる原因が全く思い当たらない。何が悲しくて自分が泣き続けているのか…

H「何か気になることない?」

Hは興味深々といった感じで意気揚揚としてみえる。

気になることない?

というのはHの中で『霊的なものを何か感じない?』とイコールだ。

それまでの経験で、私はその事を熟知していた。

「何も感じないって。あんたそろそろいい加減に、しなよ。」

私は涙の溜まった充血した目で凄む。

Hは、何故か事ある毎に私の霊感(あるのかは謎)を覚醒させようとする奇特な奴だ。

私の周りで起きることなら何でも霊的な現象と結び付けたがる。

その度、私はうんざりしていた。

H「ねぇ、何がそんなに悲しいの。」

「こっちが聞きたいよ。」

それが解らないから、困ってるのに。しかし私の答えを聞いたHは予想に反してニヤっと笑った。

H「ふぅん。ねぇ…誰に聞きたいの?」

「誰にって、」

H「まさか俺やBに?それとも自分に聞きたいの?」

Hの問いとふざけてはいないHの目に私は混乱した。

そして、先程の「こっちが聞きたいよ」という自身の発言に違和感を覚えた。

傍から見たら、ただの売り言葉に買い言葉の様な突発的に出てきた言葉に思えると思う。

私自身そのつもりで言ったと思っていた。

Hに突っ込まれなければ。

頭の中でその言葉を反芻してみる。自分にとって何か意味があって言った言葉に思えてくる。

『こっちが聞きたい』

誰に?Hに?Bに? 自身に?

どれもしっくりこない。

Hは、おもむろに私が座っているベットの目の前にあるテーブルに腰掛け、私を覗き込むようにして言った。

「悲しいと思ってたのは本当にS?」

背筋がヒヤッとした。

確信を突かれた。

私 じゃない。

この悲しいという感情は私のものじゃない。

気付いてしまった。

3日間感じていた違和感はこれだ。

ずっと悲しくて悲しくて泣いていたのだけれど、泣きながらもどこかうわの空だった。

うわの空で悲しい、うわの空で泣く、なんておかしな話だろう。

自分自身の感情とその悲しいという感情には何かずれがあった。

うまくは伝えられないのだが、決して完璧には同化せず、重なっているだけのような…。

精神的な病からくる訳の解らない「悲しい」という感情だったとしても、悲しいものは心底悲しいのだろう。

じゃあ、今の私は?

悲しいのだけど、どこかうわの空で、他人事のこの感情は何??

混乱しながら説明する私に、Hは優しく諭すように言った。

H「まるで誰かの代わりにSが泣いているみたいだねぇ。」

Bは話に付いていけず、意味が解らないと言う顔をしている。

しかし私にはHの言おうとしていることが十二分に理解できた。

― お前、憑かれているよ。

そしてさっきの言葉が私の脳裏をかすめる。

『こっちが聞きたい』

…ねぇ、何がそんなに悲しいの?

私は、そっと私の中の誰かに聞いてみた。

涙はまだ止まらない。



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